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 昨年の冬から歩きはじめた北の大地も、もう終盤という所だ。雪解けして歩きやすくなった土を踏みしめ、三平は山を降りていた。先ほど中腹辺りを過ぎて次なる村は目前であった。
 山の頂で見下ろすと、端から端まで見渡せる程に村は小さくこぢんまりとしていた。けれどそれなりに活気はあるようで、百姓仕事を一休みしている大人達の間で子供達が走り回って遊んでいる。和やかな村だと、三平は思った。
 村に逗留してから数日のこと、間も薬を売ったり村の子供の遊び相手になったりと気侭に過ごしていた三平はその日の夕刻も気持ちよく疲労した身体を休めるため囲炉裏端に横になっていた。炭の短く不規則に爆ぜる音が三平を眠りに誘う。ゆっくりと目蓋を閉じ、目の前に広がった暗闇に意識を投ずる。
 夢も見ずに居眠りしていた三平を叩き起こしたのは休み無く戸を叩き、自分を呼ぶ声だった。始めは控えめであったのだろう呼び声も今では建物の中に響くような大きさだ。目覚めの悪い思いではあったが三平は立ち上がると戸を開けた。戸の外にいたのはなんとも三平には縁の無い、村の外れの方に屋敷を構えている長者の使い人であった。
 使い人は蒼い顔をしていた。心なしか身体が震えているようにも見える。
「薬屋さま、でいらっしゃいますね?」
「はぁ。何の用でしょう」
「薬屋さまは医術にも学があるとお聞きしました。どうか今すぐお仕度下さい」
 その使い人の尋常ではない慌てように、ただ事では無いのだろうと勘付きながらも三平は何があったのだ、と問うた。
「旦那さまのお嬢様の御容子がおかしいのです。きっと、このままでは死んでしまうと」
「死んでしまうってあんた、なにわかりきったように」
「駄目なのです。先代もついこの間……亡くなったばかりでして。お嬢様も同じ容子で」
 とにかく来てくれという使い人に根負けし、三平はそそくさと荷物をまとめて小屋を出る事になった。
 夕暮れ時の過ぎ去った村は暗く、風一つ吹かないせいか不気味に閑かだ。黒々とした道を照らすのは使い人の持った頼りない行燈の明かりだけ。土の地面を踏む音がやがて砂利交じりの石を踏む音に変わった頃、使い人が口を開いた。
「お嬢様は、お腹が痛いお腹が痛いと申しておりまして。昨日は時たまこぼすだけで、呼んだお医者も悪いところは無いと申しておりました」
「腹痛はその日ばかりでは無かったのでしょうか」
「はい。もうひと月経つ、と仰っておりました。ずっと我慢してらしたようで、わたくし達がお嬢様から聞いたのは昨日がはじめてなのでございます。すぐにお医者は呼びましたが、どうにもわからぬようで」
「はぁ……、なら何故またわっしなんかをお呼びに」
「お腹がいたいと、伏せってしまわれて。それに御容子が、可笑しいのでございます」
「容子?」
 先代が亡くなった時と同じ容子で、とこの使い人は先程言っていた。ただ、お腹が痛いだけでは無いのだろうか。どんな容子だったのかと問うかと三平が思い使い人の方を見れば、それきり歯をきりりと噛み締めた使い人の口許がその手に持つ行燈の光に照らし出されている。どうにも嫌に閉ざされた表情に三平は問おうとしていた言葉を飲み込んでしまった。
呼べる医者まで居ておいて、今夜の異常な事態に際して村に来ていた放浪の薬屋を呼ぼうなどとどうして思ったのであろうか。医者の都合が偶々つかなかったのか、いやそれならばもう一人くらい呼ぶ医者はいるであろう。そもそも、村の外れの屋敷からどうして村に逗留していただけの三平なのであるかが、疑問なのだ。普通の医者には診せられない理由でもあったのだろうか。
 三平が疑問に納得のいく答えを出せないまま、歩く二人の横には少し前から立派な塀が現れていた。塀の中には立派な屋敷が構えられているだろうことはこうして塀の外を歩いているだけでも想像できる。三平はちらりと塀の向こうに見える屋根を睨んで足を早めた。
 屋敷に入れば、夜中もいい時であるのに一人として寝静まった気配は見られない。ただ、行く道こちらに会釈したりして行く他の使用人の顔は、皆一様にして葬式でも執り行われているのかと錯覚するぐらい打ち沈んでいた。
 荷物を下ろす暇も無しに三平はお嬢様が寝ているという部屋の前まで通された。忙しなく進むばかりだった使い人がやっと動きを止め、こちらを振り向き相変わらず細い線の中にある黒い眼でこちらを射竦める。
「この部屋の中での事は、他言無用に願います。もちろん、村の者に話すなど言語道断。町に出てから放言するなどもどうぞおやめ下さい」
「あ、あぁ」
 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。これはやはり人には見せられない話しらしいと三平は虫が好かないといった気持ちで心密かに溜息を吐いた。
 使い人が静々と障子の戸に手をかけて、声を発する。
「お嬢様、ミヨに御座います。失礼致します」
つつ、と障子が開かれた。
 開かれた先には、ぐちゃぐちゃに食い破られ蹴散らされた布団と、灯っているのが不思議なくらいぼろぼろにされた行燈と、一人小さく部屋の隅に蹲る女童がいた。女童は開いた障子戸のこちら側にいる三平達の方へ今にも飛び掛からんばかりの眼光を向けている。静かな部屋にはふーぅっ、ゔーぅ、と言う様な唸り声にも似た低い声が女童の呼吸に合わせて聞こえてくる。家財道具が一切見られない布団と行燈ばかりの殺風景な部屋に、朱色の着物をはだけた小さな女童が妙に目立つ。
 ミヨと名乗った使い人は三平を中へと引き入れるとすぐに障子戸を閉じた。
「お嬢様、薬屋様です。恐がらずにこちらへいらして下さい」
 ミヨが女童に声をかける。しかし女童の方からは相変わらず唸り声が低く規則的に響くばかり。ミヨが三平の方へ目配せをしてゆっくりと足を進めた。何歩か進めると立ち惚けたままの三平を振り返りミヨは声を出さずに口をぱくぱくと動かした。「こちらへ」という事らしいとやっと気付いた三平はおずおずとミヨの隣まで歩いた。
 ミヨの隣に立って女童の方に再び目を向けると、女童は恐ろしい眼つきでこちらを睨んでいた。近寄ったからよりはっきりと聞こえるようになったのか、確かに女童の喉から発されている唸り声が途切れる事なく三平の鼓膜を揺らした。まるで獣だ。人を警戒して唸り声をあげる獣である。
「お嬢様、お加減は……」
 声をかけながらミヨが近づく。ミヨと女童との距離はもう人一人分も無かった。ミヨが女童に手を伸ばして触れ様とした寸前、身の毛が弥立つような恐ろしい威嚇の声をあげて女童はミヨを引っ掻いた、らしい。らしいというのも、後ろから見ている三平には女童がどう動いたのか、ミヨがどうなったのかは分かり難かったからである。
「お嬢様!! お嬢様、落ち着いて下さいお嬢様」
 気が昂ぶったのか、女童の唸り声はより一層激しく大きくなる。ミヨはどうにか宥めすかすべくお嬢様と口にするが、火に油を注いでいるとしか思えない。再び女童に伸ばそうとするミヨの腕には赤い線が走っていた。三平はへの字口で舌打ちし、ミヨの肩に手をかけて振り向かせ腕を掴んで障子戸の外へ出た。
 三平がミヨの腕を離すとミヨは膝に手をついて荒い息を整える。やっと顔をあげたかと思えば、眉間に皺を寄せてこちらを睨んだ。
「……薬屋様、何をするのです!」
「何って、そりゃアンタひっかかれたんだ。あのままあそこに居てさらに酷い事になったら困る」
「わたくしは……、わたくしはいいのです。お嬢様が」
「よくは無い。あんな調子じゃ診ることさえできんだろう。一体どうするつもりだったんだ」
 強く問いかけて見ればミヨは見る見る内に萎れた表情で頭を垂れた。あの調子のままの女童を診るなど羽交い絞めにして抑えつけでもしなければできぬことだ。ただの放浪薬屋に何を期待してミヨは自分を呼んだのかと三平は額を掻いた。
「つい、先頃のことになります。先代がお亡くなりになりましたのは。当主の座を、現当主にお譲りになってすぐ、湯治ついでに旅に出ておられました時のことでした」
 女童の部屋を離れ暫くして落ち着きを取り戻したミヨは、表情こそ萎れ返ったままであったが低く頭を下げ、突然の非礼をお許しくださいと謝辞を申して三平を客間へと導いた。三平の背負っていた大きな箱は他の荷と共にやっと壁際に置かれることになった。
 村の外れにあるこの大きな屋敷はもともと骨董好きの当主が多い屋敷だったそうで、一代目の当主から脈々と受け継がれている物も多いらしい。例に漏れず現当主の父親、つまり先代も骨董好きな爺さんだったそうだ。
「先代、いえ、義満様も大層な骨董好きでございました。ふらりと町へ出られたかと思えば嬉しそうに骨董品を手に帰ってくる方で」
 義満はこと骨董に関しては人一倍五月蝿い人物であった。手入れを少しでも間違えれば喧しく怒鳴りたて、誤って壊そうものなら使用人の首切りなど当たり前。その癖手入れを任すのは使用人ばかりであるので、手入れを任せられた使用人は毎回影で嫌そうな顔をするのである。屋敷に置いてある骨董の数は両手の指では足りぬ程で、義満一人では手入れなど不可能であったのだ。
「話が逸れました。さて置いて、義満様が湯治から帰っておいでになって暫らくたってからの事です。義満様のお顔が優れない、口数も少なくなったと使用人の中で噂になるようになったのです」
 難しい顔をしては縁側から外を眺めていたり、かと思えば一日を部屋の中にこもりきりで過ごしたりする事も増え、以前は笑顔で過ごしていた晩酌もつまらない顔ですぐに切り上げて部屋に引っ込んでしまうなど如何にも体調の悪いといった容子が多くなったという。口五月蝿かった骨董についてもほとんど口出しはせず、繁く骨董品を置いた部屋に通うことすらやめなかったものの、入り浸る時は減り、ただひとつ手入れだけはきちんとやったかと聞く程度になったそうだ。
「義満様の可愛がられていたお嬢様も、義満様を心配なされておりました」
 義満は段々と具合が悪くなっていったらしい。ついには床から立つことを止め、布団の中で時折苦悶の表情を浮かべながら眠りこむようになった。その時分には家の者もすぐに医者を呼びつけ診てもらったが、薬も効いている様には見えない。床に臥すようになってからは何かを見間違えるように襲いかかったり、薬湯を投げ捨てたり、かつての厳格な義満の影は跡形も無くなっていった。そこにあるのは、狂気に満ちた老いぼれの姿である。
「義満様が床に伏すようになってから幾つか月を跨いだつい先頃、義満様は一言、”骨董は処分するなよ”とそう言い残して辞世なさいました」
「お亡くなりに……なったのですか」
 ミヨはひとつ息を吐き視線を下げた。
 置かれている湯呑みからたっていた湯気はとうに消え、冷たそうに澄んだ緑色の茶が鏡面を作っている。
「お嬢様は元々大人しい方でいらして、わたくし達がおかしいと思いまして気付いたのが十一日前の頃でございます」
「お嬢様はその頃からあの容子で?」
「はい。はじめは夜に魘されているだけだと申しておりました。しかし三日四日した頃に夜、お嬢様のお部屋からものを倒すような音がして、箪笥が倒れておりました。とても非力なお嬢様に出来ることではないと、思いましたが、倒れた箪笥の横でお嬢様が息荒くこちらを睨んでいたのでございます」
 十一日前と言えば三平がまだこの村に降りていない頃のことだが、件の腹が痛いというのはお嬢様が黙っていただけで一月前からそうであったのだ。原因を探るにも一月前のことが子細に判るわけではあるまい。三平自身もせいぜい前の医者と同じく腹痛を和らげる薬をだすぐらいしか出来ないだろう。自分を呼んだ甲斐など無いだろうと心の隅で憂いていた。
「暗がり時、ああなっている御容子の時は、腹が痛いなど一言も申さぬのです。ただ、近頃は日の昇っている間の痛がりように、見ているのがつらくて……下女の中で薬屋様に来ていただこうという話になりました。村に薬屋が来ているという話を聞きつけた者がおりまして、今しか無いと、女中頭めが申し付けられわたくしが薬屋様の元へ向かうことに致しました」
「そうだったのですか。しかし、失礼ですが屋敷の旦那様方には」
「問題御座いません。元々お嬢様のあの様な御容子を見ているのが辛いと憔悴されておりました奥方様の為に、旦那様も薬屋様を呼ぶことを良と仰言ましたから」
「なら良いのですがァ……、ご期待に添えるかは」
「構わないのです。こんなことを言ってしまうのは、無作法極まりないと思われるかもしれませんが、気休めなのです。お嬢様のご様態では持つか持たぬかわかりきったようなものであると」
 ミヨは女中頭であったらしい。お嬢様がこの屋敷でとても大事にされているらしい事はミヨの話を聞いて承知した。先代が亡くなったばかりに、次に襲い来るは一家に一人だけの可愛らしい娘の病。気でも違った変わり様でも心配され家に置かれているのだ。幸運な娘であろう。しかし同時にこの女中頭が一人娘のお嬢様が死ぬという事実を先に据えていることがとても寂しく思えた。
「遅くまで本当に申し訳ありません。どうかまた明日、朝になりましたらお嬢様の御容子を診て頂きたいのです」
「……わかりやした」
 渋々と答えを口にした三平はミヨが部屋を後にしてから深々と溜息を吐いた。灯を消し、敷かれた布団にごろりと寝転がる。屋敷のどこかでまだ寝ずに仕事をしている者がいるのだろう。外で吹く風の音に、先ほど唸り声をあげた女童の声が混じって聞こえてくるような気がした。
 明くる朝、三平は眠り足りなさに大欠伸をもらして伸びをした。
 ミヨは時を見計らったように部屋にやって来て、朝餉の前に旦那様とお話をと言い旦那様とやらがいる座敷まで三平は案内された。
「旦那様、薬屋様で御座います」
「ああ」
 戸を開いた先には、眉間に皺の寄った気難しい顔をつくる若い旦那がいた。細面である。
 旦那はこちらを見ると入ってくだされと言う。ミヨは戸の外で頭を下げていた。三平は旦那に向けて頭を下げ座敷に上がった。
「うちの下女が夜中に失礼をした。非礼を許してはくれぬか」
「構いやせん。こちらこそ泊めて頂いて感謝しております」
「そうか。なら良いのだが、私は利満という。大変急な願いとは思うが、娘を、珠代を、どうか診ては頂けないだろうか」
 珠代、と口にした旦那の眉間に濃い皺が寄る。何か思いつめた顔でそういうものだから、三平はまた辟易してしまった。
「わっしに……わっしに出来ることならします。けども、ただの放浪の薬屋ですけん、出来ない事の方が多いように思います」
「いいのだ。末はわかったようなものなのだ。けれど諦めがつかぬ。診ては、頂けないだろうか」
「はぁ、わっしなんかで宜しければ診ましょう。顔をお上げ下さい」
「感謝する、薬屋様、名は」
「三平と申します」
「三平殿。どうか珠代を頼みます……」
 利満の顔には不安と諦めを伴った苦渋が影に隠れていた。当主であるものがする顔ではない。切に娘の心配をする父の顔であった。三平は居た堪れない思いで頭を下げ、はたまたどうして自分にこの頼みがまわってきたかと人知れず溜息をつくのである。
 屋敷にて働いている者が皆どこか陰鬱そうな雰囲気に感じるのはただの気のせいではないのだろうと、朝餉を終えた三平は部屋の外に面した庭を眺めながら思う。珠代のあの容子を皆が気にかけているのかもしれない。
 過ごす日々の半分以上を薬作りに費やし、半分は眠り、残りは都に出て手に入れた草子に目を通して生活している三平には、屋敷で用意された客間は落ち着かない場所だった。同時に、珠代を治せるかもしれないと過度な見込みをされている様な気もして頭を抱えたくなる。引き受けてしまった手前自分には到底できない、見込み違いだなどと言って断れる訳も無かった。あの容子の女童を自らの知識で治せるものだろうかと胃が重たくなる。
 三平が旅する中診た者たちには、片手にも満たない数ではあったが狐に憑かれたような者を見ることもあった。感情の映らぬ瞳と、人とかけ離れた行動をおこす者達のほとんどは人の目に晒されぬよう隠され、戻らぬままであれば手に掛けられることになる。人と意思を介さなくなった者はやがて人の世界を出てゆく。だからあの女童が明け時にも夜半の時と同じ様になってしまったら、後は女童が亡くなるときを待つしか無いというのも事実であろう。
 廊下の奥からミヨがこちらへやって来た。珠代が目覚めたら三平を呼びに来るとミヨは言っていたからきっと珠代が目覚めたのだろう。三平は腰を上げてミヨの先導する先、昨日の夜半に向かった部屋へと再び歩を進めた。
「お嬢様、失礼致します。薬屋様がご一緒にございます」
 幼い声がミヨの後につづいた。
「お初にお目にかかります薬屋様。珠代と申します」
 ミヨが開いた戸の先には別人かと思える容子の珠代が、三平の方を向いて痩けた頬に笑みを浮かべる。
「は、あぁ。薬屋の三平と申します」
「三平さん、というの?」
「はぁ」
「どうぞ入って下さいな。……少し散らかっておりますけれど」
 人懐こい笑みを浮かべた珠代はちらりと自身の後ろに広がる荒れた部屋を一瞥して誤魔化すように目を逸らした。
 昨晩は無かった小机と座布団が置かれている。珠代がそろりと三平の腕をとって部屋へと進んだ。ミヨは茶を運んでくるらしく下がってしまった。座布団に座らされ、対面に珠代が座り、三平はやっと自分がこの女童を診るためにここにいることを思い出した。
「珠代さん」
「三平さん、珠代でかまいません」
「いや、そんな」
「三平さんのお好きに」
「はぁ……、先頃からァ具合が悪いんで?」
 想像以上に人懐こい珠代に面食らった三平が切り出したのはとても当たり障りの無い言葉だった。しかし珠代はこの言葉も想像していたようにふふと笑い目尻を下げて口を開く。
「そうですね。ひとつきほど前でした、お祖父様がお亡くなりになってから、少し経ってお腹が痛むようになって」
 はじめはちくりと、気のせいで片付けていたらしい。しかし七日たった頃からどうにも可笑しい。腹の痛みは増して来るという。
「お医者さまにも診て頂いたんですけれど、治らなくて。お腹が痛くてたまらないんです。たとえるなら……、喰われているみたいな、」
 中々妙な痛みである。針が転げ回るとか捻じりあげられているようなとは聞くが、喰われているとは余り聞かない。
「喰われているですかい……。今は?」
「今日は調子がいいです。なんででしょう、昨日はとても痛かったのですけれど」
「それなら良いが。薬には効く効かないが御座います。長く続いているようですし一応効き目の大きい薬を出しておきやしょうか」
「ありがとうございます薬屋様」
 幾度と三平が診てきた者たちが自身に向けてかけてきた言葉。恢復の喜びや、看取ってくれたことに対しての安堵、手を尽くしたことへの感謝。同じ言葉でも表すものは皆違っていた。
 三平に下げていた頭を上げた珠代の口許は笑みを結んでいる。どうしたものか、三平は珠代の声色が最期を知っているように思えてならない。今迄ミヨから聞いた話からして、珠代が自分の最期を予期せざるを得ないということはわかる。好きだった祖父に死をもたらした病が祖父に愛でられていた珠代に吸い込まれた。いつか私も可笑しくなってしんでしまうのだと、思っても不思議はないのだ。
「珠代は、薬湯呑めるか?」
 ならば彼女を少しでも笑わせてやるのが、薬屋として唯一思いつくことである。空笑いを貼り付けた珠代の腹痛を和らげて、消えてしまうかもしれない灯火を憂いながら心配させぬと笑顔を作る珠代を。心から笑わせてはやれないだろうか。
「苦いの?」
「あぁ。とっても苦い」
「苦いの……。やだなあ」
 ぽつり、零れた言葉に三平も口角を上げた。子供らしくいられない子供を見ていると、子供らしい所を引き出して見たくなる。三平はだからか、相好も相成って子供には好かれる。
「苦いのは苦手か」
「え……。うん」
 聞かれていたのと恥ずかしそうにする珠代だが、今度は素直に頷いた。
「あのね、昔、お熱のときにも薬湯を頂いたんですけれど、それがとっても苦くて。吐き出してしまいそうなくらい苦かったから」
 顔を顰めて苦いと話す珠代は大層薬湯が嫌いらしい。三平は子供の頃から三つ葉や芹なんかの苦いものが好きという物好きな子供だったがやはり煎じた薬独特の苦さは今でこそ慣れたものの苦手であった。子供らしい珠代の一面が顔を覗かせ満足した三平は珠代に言う。
「きちんと飲めたら、甘味でも食うか」
 三平の大きな掌が珠代の頭をぽんぽんと叩けば珠代は途端に頬を染め、目を伏せながら笑い声を漏らす。
「薬湯ぐらいちゃんと飲めますもん」
 子供扱いされたと思ったらしい、相変わらず頭を撫でる手を休めずに三平も口端を緩ませた。